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■1998年第8戦アクロポリス

「アクロを制すものは世界を制す」

過去、WRCで言われ続けてきたジンクス。アクロポリスラリーで優勝したメーカー及びドライバーはその年のチャンピオンになるというものです。

もはやこのジンクスは必ずしも当てはまらないものの、そうまで言わせるのはこのラリーがヨーロッパでもっとも過酷なラリーとして知られているからに他なりません。

鋭い岩のかけらが撒き散らされた路面、時に40度を超える気温、視界を奪う猛烈なダストなど、きりがないほどの悪条件が揃っていながらも、最初から最後までアクセル全開で走りきらなければならず、スピードだけではなく耐久性までも兼ね備えていなければ勝てないのです。

果たして、勝利の女神は誰に微笑むのか、恒例となったパルテノン神殿下からのスタートで、熱いバトルは幕を開けました。

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「もちろんハードにプッシュしたけど、明日先頭を走りたくなかったんだ」

トップを行く三菱のリチャード・バーンズと2.4秒差の2番手でレグ1を走り終えたSUBARUのコリン・マクレーは、インタビューでこう語りました。

アクロポリスを得意とするマクレーはSS5でトップを奪取しましたが、乾ききったアクロの路面には大量の岩のかけらやダストが積もっており、地均し役となる先頭を走るのは不利と判断。翌日の走行順は前日終了時の順位で決まるため、続くSS6、この日最終のSS7でペースをコントロールし、あえてバーンズを先行させたのでした。

レグ2に入ると、マクレーの判断が正しかったことが証明されます。

この日最初のSS8で先頭を走ったバーンズに対し、マクレーは18.1秒の大差をつけるベストタイムで首位に浮上。SS9、10と首位の座をキープします。

対照的にバーンズは悪路の地均し役に悩まされジリジリと後退、順位を下げていくことになりました。

しかし、そのマクレーの2番手という走行順位も十分ではなく、より均された路面を走る3番手スタートのトヨタのディディエ・オリオールがマクレーに迫ってきたのです。

マクレーはSS10までなんとか踏ん張ったものの、SS11で遂に逆転を許してしまいます。結局続くSS13でも順位は変わらず、マクレーは4.8秒遅れの2番手で最終日を迎えました。

レグ2とまったく同じステージの再走となったレグ3ですが、その路面はすでに多くのクルマによって均されており、 前日の夜に降った雨によりダストもなく、走行順位による影響がほとんど出ない高速でのバトルとなりました。

前日首位に立ったオリオールは好調さを維持し、SS13、14と連続ベストタイムをマーク。マクレーとの差を20・9秒にまで広げました。

残るステージは3つ。もはやマクレーの逆転は不可能かに思われましたが、マクレーは諦めませんでした。そして諦めず激走を続けるマクレーに、ギリシャに棲む勝利の女神が微笑んだのです。

SS15でベストタイムをマークし、オリオールとの差をさらに詰めるべく臨んだSS16。なんとオリオールのマシンにトラブルが発生し、大きく遅れたのでした。ここでマクレーは、オリオールに19.5秒の大差をつけ逆転、再び首位に!

そして迎えた最終のSS17は波乱なく終わり、マクレーはオリオールに20秒の差をつけ優勝。シーズン3勝目をマークし、ドライバー・ポイントにおいても再びトップに躍り出ました。

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一方僚友のリアッティもマシントラブルやスピンに悩まされながらも、最終的に6位に入賞。SUBARUはメーカーポイントでも首位奪還に成功したのでした。

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