「SUBARU WRC HISTORY Vol.81 まさかの失速」
2009.11.16

■1998年第9戦ニュージーランド
SUBARU、そしてコリン・マクレーにとって、ニュージーランドはWRC初優勝の地であり、過去4回出場し3勝しているという相性の良いラリー。
もちろんこの年も必勝を期しており、前戦アクロポリス優勝の勢いそのままに連勝し、シーズンを優位に運ぶという目論見があったのです。
実際、ラリーでは圧倒的な速さを見せていました。しかし、モータースポーツというのは何が起こるかわからない世界。勝利の女神がマクレーに微笑むことはなかったのです…

ラリーは豪雨の中、顔見せ的な意味合いを持つ、2台同時に走るスーパーSSから始まりました。
大きいゼッケンの車から走るため、グループAのマシンやWRカーが走るころには路面はかなり荒れていたため、スポット参戦した1997年の全日本ラリーチャンピオン、新井敏弘が駆るグループNインプレッサが一時トップに立っていました。
しかし、そこはワークスドライバーたちが意地を見せ、最悪のコンディションの中、トヨタのカルロス・サインツがベストタイム、マクレーが2番手。それでも新井はグループNのマシンで5番手という大健闘を見せたのでした。思えば新井は、このころからその才能を片鱗を見せつけていたのです。
本格的な戦いは翌日のSS2から幕を開けます。降り続く豪雨に、より滑りやすくなった路面で、マクレーとサインツが激しく首位を奪い合うシーソーゲーム展開。
そんな激しい争いの中でも、マクレーにはラリーをコントロールする余裕がありました。先頭を走りコースの砂利かき役となることを避けるため、初日最後のSSでペースを落としあえて順位を下げ、翌日のスタート順を遅らせる作戦をとったのでした。
ところが2日目、マクレーをまさかの不運が襲います。
ドライ路面であれば、マクレーの作戦は当たりだったのですが、この日も降り続く豪雨のため、その走行順はさほど有利に働かなかったのです。
加えてこの日は、トラブルやスピンに見舞われ思うようにペースが上がらず、結果的にトップのディディエ・オリオール(トヨタ)から1分近くも離されてしまったのでした。
しかし、それでもマクレーには勝算がありました。ここニュージーランドは、マクレーがもっとも得意とするラリーであり、最終日の最初に行われる2本のステージは、その中でも彼にとって得意中の得意なロングステージ。ここで順位を挽回することは十分に可能なはずだったのです。
迎えた最終日。SS18は47.43kmのロングステージ。こういうコースにマクレーはめっぽう強く、しかも続くSS19は同じコースの逆走。
この2本で逆転首位を狙うマクレーは、鬼神のような走りでトップとの差を一気に18秒5にまで縮めました。
そして逆転トップは間違いないと思われたSS19、スタートして17kmの地点でマクレーのマシンのタイヤがまさかのバースト。
大逆転を狙い、少しでも軽量化を図ろうとスペアタイヤを載せずに走っていたため、この瞬間大逆転は夢と消えたのです。
残るステージを無理なくステディに走ったマクレーは5位入賞。チームメイトのピエロ・リアッティも6位に入り、なんとかポイントだけは稼いだのでした。




