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■2001年第8戦サファリ・ラリー

前戦アクロポリスと並び、『過酷』というコトバがよく似合うラリー、サファリ。

例年2月に開催されていたサファリですが、2001年は雨期の開催を避け7月開催となりました。

その戦いの舞台となるのは灼熱のサバンナ。全走行距離2958.46㎞、通常のWRCイベントのように完全封鎖によるSSが作れない。代わりに設定されるCS(コンペティティブ・セクション)と呼ばれるタイム計測区間では、動物はもちろんのこと、一般車両や人までもがコースに入ってくることもあり危険とつねに隣り合わせ。しかも走行距離はいつものSSよりもはるかに長い。加えて標高が高いため、ドライバーの体力を大幅に消耗させます。

しかし、雨期を避けたはずのサファリだったが、皮肉にもナイロビの空には青空はありませんでした。

ラリー開催前も雨続きで、コースの多くに岩が露出していたり、深い轍ができていました。気温こそ15℃から20℃と過ごしやすいのですが、コースに関しては最悪のコンディション。

このサファリに、SUBARUは昨年に続き連覇を狙うリチャード・バーンズ、ペター・ソルベルグに加え、今回も新井敏弘を加えた3台体制。2001年シーズンに入ってからいまだ手にしていない『優勝』の2文字を手に入れるべく必勝を誓ったのでした。

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■2001年第7戦アクロポリス・ラリー

アルゼンチン、キプロスとリチャード・バーンズが2位を獲得し、尻上がりに調子を上げてきたSUBARU。あとはまだ2001シーズンに入ってから手に入れていないポディウムの頂点、優勝を狙うのみ。

そして迎えた第7戦は、最も過酷なラリーといわれるアクロポリス。「アクロを制するものは、世界を制す」といわれるほど、このラリーでいい成績を残すことは、タイトル争いにおいても大きな意味があるのです。

そこでSUBARUは、バーンズ、ペター・ソルベルグ、マルコ・マーチン、新井敏弘というドライバーフルラインナップをエントリーする必勝態勢で、いにしえの神々が棲む都「ギリシャ」の地へと乗り込みました。

ラリーは、本格的な戦いが始まる前日、14日にアクロポリスの象徴であるパルテノン神殿下を形式的にスタート。そこから本来のスタート地点であるアテネから西へ約120㎞西に位置するコリントス湾・イテア港へと全車が移動し、15日から本格的な戦いの火ぶたは切って落とされました。

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■2001年第6戦キプロス・ラリー

前戦アルゼンチンで見事な復活を遂げたSUBARUは、勢いそのままに地中海に浮かぶいにしえの遺跡が残る島、キプロスに上陸しました。

ワークスエントリーはリチャード・バーンズとペター・ソルベルグ。そして日本アルペンラリーで見事優勝を飾った新井敏弘も、前戦に引き続き参戦しました。

2000年は9月に行なわれたキプロスラリーですが、2001年は開催が6月となったため、ラフでツイスティ、幅が狭いという難コースに加え、45度にもおよぶ最高気温がドライバーはもちろんのこと、マシンにとっても過酷なラリーをさらに演出するのでした。

ラリーは、キプロス島の観光都市であるリマソルからスタート。その開始早々となるSS1でベストタイムをマークしたのはSUBARUのソルベルグ。バーンズも3番手、新井も6番手とSUBARU勢は3台揃って絶好のスタートを切ります。

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■番外編:第19回2001年スパイク・インターナショナル日本アルペンラリー

2001年当時、日本でもF1や耐久レースなど国際格式のレースが日本で行われていましたが、なぜかラリーだけは行われていませんでした。

日本メーカーがWRCを席巻していたにもかかわらず、それまで全日本ラリー選手権でも日本独自の規定による車両・ルールに沿った国内格式での開催でした。

しかし2001年、ラリー・ジャパン開催への足がかりとして、日本初の国際格式のラリーが開催されたのです。

それが「第19回2001年スパイク・インターナショナル日本アルペンラリー」でした。

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■2001年第5戦アルゼンチン・ラリー

第4戦スペインラリーから約1カ月のインターバルをおき、その舞台は南アメリカ大陸へ。

2001年WRC第5戦アルゼンチン・ラリーは、アルゼンチン第2の都市コルドバを起点に熱いバトルが展開されました。

今回SUBARUは、リチャード・バーンズ、ペター・ソルベルグをワークスノミネートとし、これにアルゼンチン初出場となる新井敏弘を加えた3台で臨みます。

インプレッサWRC2001もこのインターバルの間に技術的弱点の対策を行ない万全の体制。このアルゼンチンでは、1999年、2000年とSUBARUが連覇しており、巻き返しを図るには願ってもないステージといえました。

ラリー初日はあいにくの雨模様。にもかかわらずコルドバ郊外のスーパーSS専用のグラベルサーキット「プロサーキット」には6万人もの観客が集まりました。ここで行なわれるSS1、SS2から、トップドライバーたちによる戦いの火ぶたが切られたのです。

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■2001年第4戦カタルニア・ラリー

カラッと晴れ渡った空のもと、ハイスピードバトルが魅力の本格的ターマックラリー「カタルニアラリー」がスタート。今回シトロエンがWRカーで参戦したことで、7ワークスによる熱い戦いが期待されました。

SUBARUはリチャード・バーンズ、ペター・ソルベルグをワークスノミネートとし、マルコ・マルティンを加えた3台体制。

ラリー初日、SS1でトップタイムをマークしたのは今シーズン初参戦となるシトロエンのヘサス・ピューラス。バーンズはピューラスに遅れること2.4秒差の5番手とまずまずのスタート。

ところがSS3で、バーンズのマシンにギアボックストラブルが発生。これにより30秒以上のタイムロスを喫したバーンズは、トップから遅れること47.1秒差の16番手まで後退を余儀なくされてしまいます。

しかし、幸いにもSS3終了後にはサービスが許されていたため、トラブルが発生したギアボックスを交換。続くSS4ではトップから4.6秒差の6番手まで挽回することに成功しました。

バーンズはこの勢いのままSS5でさらに上位を狙いますが、ホイールを石にヒットしてしまい50秒のタイムロス。ふたたび18番手まで後退を余儀なくされ、この日最終のSS6で追い上げるも15番手と厳しい順位で2日目を迎えます。

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■2001年第3戦ポルトガル・ラリー

例年天候に恵まれ、乾ききった路面に砂埃の舞うコースがポルトガルの特長でした。

しかし、新世紀のポルトガル・ラリーは長雨の影響により、ステージの多くは路面が厚い土砂で覆われていました。そしてこの土砂が、前年に続く2連覇を狙うSUBARUの行く手を遮ったのです…

SUBARUはエースのリチャード・バーンズに加え、ペター・ソルベルグをワークスノミネートとし、マルコ・マーチン、さらには新井敏弘を加えた4台体制でポルトガルラリーに臨みました。

ポルトガル・ラリーのスタートといえば、2台が併走する恒例のスーパーSS。これを木曜日に行ない、翌金曜日からいよいよ本格的なラリーがスタートとなります。

しかし、コースコンディションは最悪の状況でした。降り続く長雨の影響は予想以上に深刻で、各ステージには水たまりはもちろんのこと、酷いところでは路面が泥濘状態。

スタート後も雨は降り続き、霧まで発生するなど、とてもまともに戦える状況ではなく、「路面状況不良」ということでSS6とSS7はキャンセルとなってしまいました。

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■2001年第2戦スウェディッシュ・ラリー

暖冬で雪がなかった前年とは打って変わって、50回目を迎えた2001年のスウェディッシュ・ラリーは氷点下15℃という、「らしい」状況下での闘いとなりました。

SUBARUはリチャード・バーンズ、ペター・ソルベルグをワークスノミネートとし、さらにマルコ・マーチンをエントリーさせ、3台のワークスマシンで優勝を狙います。

前戦屈辱のノーポイントに終わったバーンズは、SS1で2番手タイムを叩き出す絶好のスタートを切りました。

しかし、まだまだバーンズにツキは戻っていなかったのです。

続くSS2でバーンズがコースオフした場所は、不運にも前を走るフォードのカルロス・サインツがヒットして雪壁を崩したところでした。

雪壁があればコースアウトは免れたのですが、そのまま何の抵抗もなくコース外へ。なんと復帰に13分もかかってしまうという、優勝を狙うには致命的ともいえるタイムロスを余儀なくされたのです。

幸いマシンにダメージはなかったためそのまま走行。このアクシデントにもバーンズの闘志は衰ええることなく、続くSS3ではベストタイム、SS4、5、6で2番手タイムをマークと好タイムを連発しますが、SS2でのタイムロスは大きく、初日は34番手と大きく出遅れてしまいました。

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■2001年第1戦ラリー・モンテカルロ

WRCのみならず、世界で最も古い歴史を持つラリー『モンテカルロ』。21世紀を迎えた2001年のWRCも開幕戦も、この伝統のモンテカルロがその舞台となりました。

SUBARUは、この新世紀WRCの開幕戦にニューマシン「インプレッサWRC2001」を用意しました。市販車から40mmも広げられたそのスタイルは迫力満点。これまで同様ソニック・ブルーをまとったボディには、六連星をモチーフにしたイエローのSUBARUロゴが光ります。

2001年のドライバーラインナップは、SUBARU不動のエースとなったリチャード・バーンズを軸に、マルコ・マーチンをワークスのノミネートとし、さらにSUBARU次世代のエース候補である期待の若手ペター・ソルベルグも走らせるという3台体制で臨みました。

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■2000年第14戦(最終戦)ラリー・グレートブリテン

2000年WRCもいよいよ最終戦。この時点で20世紀最後のチャンピオン獲得の権利を持っているのは、ランキングトップのマーカス・グロンホルム(プジョー)と、SUBARUのリチャード・バーンズのふたりに絞られました。

ふたりのポイント差は「9」。バーンズがチャンピオンを獲得するには優勝しかありません。仮に優勝してもグロンホルムが6位以下でなければいけないという圧倒的に不利な状況。

そんなバーンズをサポートするのは、このラリーで過去3勝を挙げているベテランのユハ・カンクネン。そして今回も3台目のインプレッサWRCを与えられたペター・ソルベルグ。

さらには前戦オーストラリアでチームズカップ獲得を決定的とした新井敏弘が、シーズン7戦エントリーの義務を果たすためにふたたびインプレッサWRCを駆り、最終戦にエントリーしてきました。

果たして勝利の栄冠はバーンズとグロンホルム、どちらの頭上に輝くのでしょうか。

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