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【公式】スバル博物館 スバル360  vol.1/3

    2016/06/15 17:51
    ID : 1486
    3年前に#スバコミ事務局によって編集されました

    スバル360.jpg
     

    いまからおよそ60年前の1958年3月3日、日本市場に個性的で愛らしい乗用車が登場しました。それがスバルブランドの起源となった乗用車「スバル360」です。この「スバル360」は、1955年に通産省が提示した乗用車の普及促進政策に呼応する形で開発されたものです。
     

    当時の日本では、まだクルマといえば商用車がほとんどであり、一般家庭にとって乗用車を持つことは夢のような時代でした。そこで国産乗用車の開発/普及を進め、それにより日本の自動車産業を育成していこうという方針が打ち出されたのです。手頃な価格で買える、しかも小型で高性能なクルマという課題は技術的にも難しく、敬遠するメーカーも少なくはありませんでした。しかし航空機作りをルーツとするスバルは、その誇りと高水準の技術力をもって難しいテーマに挑戦。他社に先駆け「スバル360」を開発し、日本の自動車史上に大きな足跡を残したのです。
     

    排気量356ccの強制空冷2サイクル2気筒エンジン。駆動方式は後輪駆動。そして車両重量385kg。随所に創意工夫をこらした「スバル360」は、4人乗りで最高速度83km/hを発揮しました。しかも走行安定性、乗り心地、高速時の操縦安定性などは小型4輪車と比べても技術的には何等遜色はなく、自動車関係者および報道関係者は「世界水準をいくミニカー」と、こぞって絶賛したものです。「スバル360」には、そのかわいい姿から「てんとう虫」という愛称が与えられ、登場後12年にわたり長く人々に親しまれ続けました。根強いファンは少なくはなく、今でも「スバル360」が街中を走る姿はしばしば目にすることができます。
     

    ★SPEC(昭和33年5月発売当時)
    全長:2990mm
    全幅:1300mm
    全高:1380mm
    重量:385kg
    エンジン型式:EK31型空冷直列2気筒2ストローク
    排気量:356cc
    最高出力:16ps/4500rpm
    最大トルク:3.0kg-m/3000rpm
    懸架装置 フロント:トレーリングアーム式独立懸架
    リア:スイングアクスル式独立懸架
    キャプチャ.PNG

    スバル360ストーリー
    排気量わずか360ccのかわいらしいクルマスバル360は、その小さな車体に豊かな創造性と合理性、高い性能と大きな夢を盛り込んでいました。1958年の誕生以来、R2にバトンタッチするまでの約12年間にわたり、大きなモデルチェンジをすることもなく作り続けられたスバル360は、日本のモータリゼーションの発展に大きく貢献したと言えるでしょう。ここではそんなスバル360が、現役で活躍していた12年の間に残してきたさまざまなエピソードを紹介して行きましょう。

    ★モータースポーツでの活躍
    第2回日本グランプリ自動車レース
    スバル360 T-1クラスワンツーフィニッシュ
     
    1960~1963年(昭和35~38年)にかけて、「スバル360」の成功に刺激され、各社から軽自動車が続々と発売され、軽自動車ブームが到来した。それらのライバルとの商品性の違いをきわめて明確に実証したのが1964年5月に鈴鹿サーキットで開催された第2回日本グランプリであった。大会2日目に開催された排気量400cc以下のT-Iクラスに出場した「スバル360」は、スズライト360、マツダキャロル360らの強敵に大差をつけて勝利し、連続高速走行性能を実証した。
    104.27km/h
    上の数字は、グランプリレースの行われた鈴鹿サーキットで出した「スバル360」優勝車の平均時速。
    キャプチャ2.PNG

    ★桶谷さんのヨーロッパドライブ
    スバル450がヨーロッパを走破
     
    1960年(昭和35年)、発売前の4台のスバル450が、旧ソ連を含む12の国々を歴訪した。
    1台は運輸省技官の宮本氏が5000キロ、他の3台は東京工業大学の桶谷氏と同大学自動車部の学生が15000キロを無事走破して、スバルの高性能と耐久性を世に示したばかりでなく、日本の技術を広く世界に知らしめることになった。
    キャプチャ3.PNG

                                                 vol.2に続く


  1. 2016/07/06 23:59
    ID : 1668

    スバル360と言えばプロジェクトXでの放送。
    そこで語られた開発の苦労は勿論、百瀬晋六さんや小口芳門さんと彼らの家族ストーリーが素敵でしたね。

    重量との戦いや当時日本の悪路との闘い、4人乗りと言う絶対不可能とも思われたノルマと居住スペース確保の苦労、今私たちが当たり前のように乗っている大衆車、最初の一台に纏わるドキュメントは真に受けて良いのか少々悩んでしまうぐらい壮絶な内容。

    型式試験のくだりでしたか、検査官が『こんな小さい車怖くて乗れるか』と乗車拒否されてしまい、おもりを積んで走ったと言うのも、当時如何に難しい事、あり得ない事を彼らはやろうとしていたんだろうなと言う一端を感じられましたね。

    当時の人たちにとっては正にサブタイトルの通り、『家族たちの自動車革命』だったんでしょうね。


  2. 2016/07/07 05:10
    ID : 1670

    エンドレスと呼ばれた百瀬晋六氏。その名の通り、終わりなき挑戦と飛行機屋の技術者魂あったからこそ、日本で唯一国民車と呼ばれた名車を戦後わずか十数年で完成させたんでしょうね。
    元オーナーとして、随所に光る「フ」のパーツ達はそんな技術者達の魂が込められてると思うととても誇らしく、これほどまでに胸の奥底から熱く魂を揺さぶられる車は他になかったです。


  3. 2016/07/23 13:51
    ID : 1814

    [削除済み]

    07/23

    やってやれないことはない!
     
     今の時代に私も含めて、その気構えと根性が薄くなってきているように思えることが多いのですが、軍からのとんでもない性能要求を常に突き付けられてきた技術者たちにとっては、未知の代物でも、鍛えられた追及、探求する精神があったからこそなしえた結果だと思います。
     完璧を求めて当時の水準を超えるものを作り出す。納得できる結果が出るまで、苦しくても踏ん張る会社の精神がスバルの土壌として続いていることを思うと、それを手にすることができる我々は幸せ者といえるかもしれません。これが外国だったなら、欲しくてもなかなか手にすることもできないでしょう。
     
     偉大なる先人に負けない、そして先人を超える独自の車作りに期待しています。


 

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