ありがとう!富士重工業!社名変更記念式典潜入レポート

4月1日に、永らく愛されてきた社名を富士重工業株式会社から「株式会社SUBARU」に変更されたのは皆さんもご存知の通りだと思います。実は、これに先駆け3月31日に東京 渋谷区にあるエビススバルビル本社で社内向け記念式典が開かれました。今回はこの記念式典の様子をご紹介します。

1966年 新宿スバルビル

富士重工業ってどんな会社だったの?

(旧)富士重工業のルーツは、1917年(大正6年)に中島知久平によって設立された飛行機研究所がその原点です。飛行機研究所は日本飛行機製作所、中島飛行機製作所と名前を変え、1931年(昭和6年)に中島飛行機株式会社となりました。終戦後、中島飛行機グループの企業を再統合する形で1953年に富士重工業株式会社を設立しました。

「スバル」として、ブランドが産声を上げたのは、1954年(昭和29年)の試作車両に冠した“スバル・1500”。 これは、前年の1953年に東京富士産業、富士自動車工業、富士工業、宇都宮車輛、大宮冨士工業のグループ5社が1つの会社((旧)富士重工業))を設立したことから、 「六連星」(むつらぼし)と呼ばれるプレアデス星団の和名「スバル」にちなんで命名されました。 その後「スバル」は、(旧)富士重工業の自動車ブランドとして確立し、多くのファンの皆さまに親しまれてきたのです。
なお、(旧)富士重工業は自動車部門のほか、1953年(昭和28年)に航空機の生産を開始、防衛省向け航空機の製造・開発及び定期整備やボーイング社向け分担生産を中心とし、その他 海上保安庁、消防・警察向けのヘリコプターの生産・整備など日本の航空産業を支えてきました。この他には、「ロビン」ブランドの小型汎用エンジンを開発・生産していた産業機器部門、バス車体架装事業、鉄道車両事業、風力発電機をはじめ塵芥収集車などの開発をおこなってきた環境技術部門、小型のプレハブ住宅を製造する住宅事業部門など様々な事業を展開してきました。
現在は、皆さんもご存じの通り、自動車部門と航空宇宙部門の2つが大きな柱となり、SUBARUの顔となっています。

気になる記念式典の内容は?

記念式典は「SUBARUを自動車と航空宇宙事業における、魅力あるグローバルブランドとして成長させていく象徴」として、昨年10月に発売した新型「IMPREZA」と、次期多用途ヘリコプター「412EPI発展型」の大型模型が展示されました。
式典は、群馬県太田市で創設された中島飛行機研究所から100年の歴史を振り返る映像で幕開け。続いて吉永社長が新社名のプレートを披露しました。会場に集まった約600人の従業員を前に「自動車産業は本当に大きな変革期にあります。これからも困難に立ち向かうこともあると思いますが、全員で乗り越え、さらに輝いていく。社名変更は、私たちがこれから『価値を提供するブランド』として生きていくという『決意表明』です」などと述べました。

噂の新しい社歌はどうなった?

会社名の変更では、ブランド名としてSUBARUを使用していたこともあり、本社や事業所の看板、従業員の名刺などの印刷物を新しくするといった事がほとんどですが、実は(旧)富士重工業の社歌には歌詞内に「富士重工~富士重工~」と連呼するパートがありました。新社歌は、この部分を「わがスバル~わがスバル~」と置き換える事で、従業員から寄せられた“社歌を残して欲しい”という要望と新社名を反映した歌詞として生まれ変わらせました。
(旧)富士重工業の社歌は、同社の創立10周年記念となる1963(昭和38)年12月に制定。作曲は童謡『ぞうさん』や多くの校歌の作曲などで知られる團伊玖磨氏、作詞は富士重工の元社員の方だそうです。ちなみにこの作詞をした元社員の方はご存命で、総務部長が歌詞の変更について、お伺いを立てに行ったそうです。

株式会社SUBARU 社歌
作詞:増田祐三/作曲:團伊玖磨

社歌のほかにも変わったものとは?

株式会社SUBARUへの社名変更を機に2017年4月1日より用いられるのが第3の社章。
SUBARUのブランドカラーであるブルーをあしらった七宝焼きのものとなります。
この社章は、「みんなで力を合わせてSUBARUという星団を築き上げていこう。SUBARUグループの会社もみんないっしょになって、SUBARUという星団をもっともっと魅力的にしていこう。グループ全員で、SUBARUにいる全員でやろう。そういう思いを込めて、『グループ章』としました」と吉永社長は語りました。

会場では、これまでの「富士重工業」がなしてきたことと、これからの「SUBARU」がなすべきことをうたいあげたリーフレットが社員全員に配布されました。これと同じ内容が2017年4月3日(月)、全国の新聞朝刊に広告として掲載されました。吉永社長は繰り返し「社名変更は決意表明」と述べていましたが、「モノをつくる会社から、笑顔をつくる会社へ」という強い決意が、その見開き2ページにわたる全30段の新聞広告(レポート冒頭のイメージ)に大きく掲げられたものを皆さんもご覧になったのではないでしょうか。

中島飛行機時代から続く長い歴史のなかで、実直なモノづくりを続けてきた富士重工は「株式会社SUBARU」として、新たな時代を皆さんとともにたくさんの笑顔を作る企業として繁栄してほしいと感じました。

会員登録のご案内

スバルとクルマが好きな方なら誰でも会員登録できます。

  • 会員登録は無料
  • 車をお持ちでない方大歓迎
  • 他メーカーの自動車オーナーの方でも登録OK
#スバコミTOP